交通事故の被害者は、加害車両を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険の保険者(自賠責保険会社)に対して、直接、保険金額の限度において、損害賠償額の支払をなすべきことを請求することができます(自動車損害賠償保障法16条1項)。
自賠責保険会社は、自賠法16条1項の規定により被害者に対して保険金を支払うときは、死亡、後遺障害及び傷害の別に国土交通大臣及び内閣総理大臣が定める支払基準に従ってこれを支払わなければならず(同法16条の3第1項)、支払基準として、「自動車損害賠償責任保険の保険金等及び自動車損害賠償責任共済の共済金等の支払基準」が定められています(平成13年金融庁・国土交通省告示第1号)。
では、裁判所は、被害者が自賠法16条1項に基づいて自賠責保険会社に対して損害賠償額の支払いを求める訴訟において、自賠法16条の3第1項の支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払いを命じることができるのでしょうか。
すなわち、自賠法16条の3第1項の支払基準は、保険会社・共済組合を拘束するのみならず、被害者も拘束するのでしょうか。
この点が争われたケースを、以下、ご紹介します。
被害者は、自賠責保険会社から上記の支払基準による損害賠償額の支払いを受けた後、支払基準による支払額を上回る損害賠償額が存在するとして、自賠責保険会社を被告として、自賠法16条1項に基づいて損害賠償額の残額の支払いを求める訴訟を提起しました。
被告(自賠責保険会社)は、裁判所は支払基準によることなく損害賠償額を算定することはできず、自賠責保険会社は、支払基準に従って本件事故の損害賠償額を算定して被害者に対する支払を行ったから、既に損害賠償額全額を支払済みであると主張しました。
最高裁判所平成18年3月30日第1小法廷判決は、次のように、支払基準は保険会社以外の者を拘束する旨を規定したものではないと述べました。
「法16条の3第1項の規定内容からすると、同項が、保険会社に、支払基準に従って保険金等を支払うことを義務付けた規定であることは明らかであって、支払基準が保険会社以外の者も拘束する旨を規定したものと解することはできない。支払基準は、保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合に従うべき基準にすぎないものというべきである。そうすると、保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合の支払額と訴訟で支払を命じられる額が異なることがあるが、保険会社が訴訟外で保険金等を支払う場合には、公平かつ迅速な保険金等の支払の確保という見地から、保険会社に対して支払基準に従って支払うことを義務付けることに合理性があるのに対し、訴訟においては、当事者の主張立証に基づく個別的な事案ごとの結果の妥当性が尊重されるべきであるから、上記のように額に違いがあるとしても、そのことが不合理であるとはいえない。したがって、法16条1項に基づいて被害者が保険会社に対して損害賠償額の支払を請求する訴訟において、裁判所は、法16条の3第1項が規定する支払基準によることなく損害賠償額を算定して支払を命じることができるというべきである。」
多くのケースでは、支払基準による損害賠償額が保険金額の限度を超過するため、訴訟提起することは考えにくいですが、自賠法16条1項による請求の結果、保険金額の限度を下回る損害賠償額の支払いを受けた被害者の方は、弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。